学校が出す騒音を何とかしよう。

学校への苦情や意見は無視されやすいものです。
生徒の保護者ですらモンスター扱いするところですから。
そこで発想の転換!
クレーム内容そのものを世間に公表してしまいましょう!

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    2019/03/17 (日) | -
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       10月29日(木)のNHKの「クローズアップ現代」で「子どもって迷惑? 〜急増する保育園と住民のトラブル〜」が放送されました。

     冒頭では中野区が地域住民の理解を得ぬまま強引に保育所の建設を進める様子が描かれています。  
     
     区の進め方も反発を強める要因になったといいます。
     住民に計画が知らされたのは、すでに保育園を作ることが決まったあとでした。
     その後、区による住民への説明会が4回にわたって行われました。
     しかし、話し合いは平行線をたどりました。

     住民側が録音した、説明会のやり取りです。

    住民側  「保育園だってつくらなくちゃならない。 ただ、どうしてここなのか納得できない。」
    中野区  「納得していないという話だが、一方で待機児童をやらなきゃならない。 私どもが考えているのは、もうつくらせてもらう。 まずは近日中に測量させていただきたい。
    住民側  「それではちっとも話し合いじゃない。 決めたことを順々に、一つも変えないじゃないですか。」

    中野区では住民の声に耳を傾けた上で、正しい手続きのもと建設を進めているとしています。 すべての住民たちの理解は得られないまま、保育園は来年4月に開園する予定です。
     
     
     行政側の「住民の声に耳を傾けた上で、正しい手続きのもと建設を進めている」という言い草のなんと胡散臭いことか。
     似たような事態がいま都内のあちらこちらで起こっているのです。

     そして、そのように強引に住宅街に保育所を作った結果、地域住民とのトラブルを引き起こしているのです。

    相次ぐ保育園への苦情。
    中には、保育のしかたを見直さざるをえない所も出てきました。
    去年(2013年)、都内の住宅地に出来た保育園です。 開園以来、近隣の住民から苦情を受けてきました。

    保育園 園長  「園庭です。遊び時間を制限しています、時間帯で。」

    子どもの声がうるさいと言われたため、園庭で遊ぶ時間を厳しく制限。 午後5時以降は子どもを出さず、苦情があれば日中でも利用させない日があります。 さらに、子どもの姿を見たくないという声を受け、日中でもカーテンを閉めています。 窓は目隠し用のシートで覆う念の入れようです。

    保育園 園長 「たぶん向こうから(住民が)見てます、閉めます。 (住民が)もう見てます、いま見てました。」

    いくら対策をしても、この保育園に対する苦情は収まっていません。
     

     そりゃ、隣で四六時中騒いでいる奴がいたら見るだろう!普通に。  
     これって苦情さえなければ毎日午後5時まで、大勢の子供が園庭で奇声を上げているということですよね。

     これが厳しく制限したと言える対策なのか?  
     この園長は苦情を言う方の気持ちをまるで理解していない!!

     実は苦情を言うのも大変なのですよ。
     一度苦情を言ってそれで済めば良いですが、大抵次の日には前日に言われた事などどこ吹く風で騒音を出し続けるのですから。
     苦情を言いに行く度に一から説明のやり直しではやりきれませんって。
     
     子供の姿を見たくないという住民側の気持ちがよくわかります。
     自分の家のすぐそばで日がな一日大勢いの子供が騒いでいたどんなにうるさいか。
     自分の家でくつろげない。 昼寝すらできない。 仕事や勉強に集中して取り組めない。
     それがどんなに辛いことか!
     自宅がいきなり騒音地獄に変貌してしまったようなものです
     
     これでは保育園が(職員・子供・その親を含めて)白い目で見られても当然です。
     子供の姿が見たくないというより、この保育園の所為で見たくなくなったという方が正確でしょう。

     この園長はまた次の様なおかしな事を言っています。

    保育園 園長  「こういう環境の中で子どもたちを育てる以外ないのかなと、一つのあきらめもありますよね。 自然の空気が入り、お日様の光が入り、普通の人間として当たり前の生活なので、保育園の中で最大限与えたいですよね。」

     この園長の台詞には呆れてしまいました。
     このまるで苦情を訴える住民のせいで子どもたちが犠牲になっているかのような言い草はどうでしょう?
     何か重大な勘違いをしているようです。

     これは地域住民の理解が得られぬまま強引に保育所を建設した結果であり、そのまま開園すれば住民からの騒音苦情が殺到することくらいは建設前から分かっていたことなのです。

       「自然の空気が入り、お日様の光が入り、普通の人間として当たり前の生活」 を本当に子どもたちにさせたいのなら、れが出来る場所を慎重に選ぶべきでしょう。
     いくら待機児童が余っているからと言って、数の帳尻だけ合わせれば良いというものではありません。

       子供に犠牲を強いているのは、実は行政と保育園の経営者なのです。

    JUGEMテーマ:社会問題

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      2014/11/04 (火) 13:00 | 保育施設を考える
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        2019/03/17 (日) 13:00 | -
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